訳者あとがき
本書『責任あるソフトウェアエンジニアリング(原題:Responsible Software Engineering)』は、Daniel J. Barrett氏による同名著書の全訳です。
生成AIの登場以降、世界はかつてないスピードで変化しています。 「Move fast and break things(素早く行動し、破壊せよ)」──かつてシリコンバレーを席巻したこの言葉は、今なお形を変えて多くの開発現場に生き続けているように感じます。しかし、今や生成AIの活用はソフトウェアの枠を超え、現実世界のフィジカルな場面へと広がり始めています。そして、私たちが日立製作所で担っているような社会インフラのシステムにおいては、イノベーションの名の下であっても破壊を許容することは決してできません(もちろん、これは私個人の見解ですが、現場の肌感覚として強くそう感じています)。
エネルギー、交通、医療といったハードウェアを伴う業界では、一つのミスが人命に関わり、社会の麻痺に直結するため、社会的責任は当然の前提として重んじられてきました。もちろん、ソフトウェア業界でも社会的責任の重要性は誰もが理解しているはずです。しかし、生成AIの進化の速さや、市場における優位性確保といった強烈なプレッシャーを前に、その意識がやや希薄になっているケースも見受けられます。物理的な実体を持つインフラ産業と、デジタルの世界を主戦場とするソフトウェア産業──両者の間にあるこの責任に対する無視できない温度差こそが、今、私が最も危惧している点です。
繰り返しになりますが、AIによるイノベーションにおいて、スピードにばかり重心が置かれ、コストや社会的責任とのバランスが崩れてはなりません。スピードを追求すること自体は悪くありませんが、そこにはプロフェッショナルとして最低限守るべきラインが存在します。 ...
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