2章人間による意思決定で生じ得るバイアス
アルゴリズミックバイアスは、後続の章で詳しく説明するように、さまざまな形で人間の認知バイアスを反映しています。このため、アルゴリズミックバイアスを理解するために、まず人間自身のバイアスについての理解を深めましょう。
2.1 バイアスの働き
普段の会話で「バイアス(偏見、先入観、偏り)」という言葉を耳にすると、あまりよくないイメージを抱く人が多いと思います。しかし、実のところ、バイアスは人間の生存にとって、とても重要な働きをしているのです。「精度」「速度」「効率」という競合する3つの要素をうまく調整して、生き抜いていくために利用されているものなのです。
まず「精度」についてですが、これが重要なことは明白でしょう。狩りに出かけても、認知能力が低くて、そこらじゅうの木の幹や岩が動物に見えたりしたら、なかなか獲物を捕まえられず食べ物にありつけません。
これに対して「速度」は見過ごされることが多いのですが、自然界ではまさに一瞬の差が生死を分ける場面が少なくありません。たとえばトラがあなたの視野に入ったとします。論理的思考をつかさどる前頭葉が「今、オレの目の前にはトラがいる」と認識するのに最低でも200ミリ秒(0.2秒)かかりますが、そんなにのんびりしていたらトラに飛びかかられて朝ご飯にされてしまうのが落ちです。そのためマザーネイチャー(母なる自然)が用意してくれたのが、わずか30〜40ミリ秒で(つまり一瞬のうちに)起こってくれる「闘争・逃走反応(危機的状況で生存のために闘うか逃げるかの準備を整える生理学的反応)」です。
私たち人類が今の時代まで生き延びてこられたのは、ひとえにこの反応のおかげと言っても過言ではありません。200ミリ秒から40ミリ秒へ、わずか160ミリ秒縮まっただけではあるものの、人類は絶滅を免れた、いや、それどころか「万物の長」にまでのし上がったのです。とはいえ反応時間を160ミリ秒短縮するには想像を絶する数の微調整や奥の手を要しました(これに関する大変詳しい説明が、英国の数学者John ...