35章原因は思考
うまく考えるのは賢い。うまく計画するのはさらに賢い。うまく行うのは最も賢くて最善である。
――ペルシャのことわざ
私は毎週ランニングしています。だからウエストのサイズを細く保っているのです。後ろめたさもあって、ウエストを細く保つために何かを行わなければならないと感じています。
はっきりさせておくと、私は自虐的でもありません。私は運動が好きではありません。むしろほとんど興味がありません。やりたいことが夜にはたくさんあるのです。その多くは、ワイングラスを片手に座って行うことです。
しかし、ランニングをすべきことは理解しています。それは私にとってよいことなのです。
私にとってよいという事実だけで、毎週欠かさず、ペースを落とすことなくランニングを続けられるでしょうか。
できません。
私は運動が嫌いですし、走らないために説得力のない言い訳をします。「弱ったな、ランニングシャツがほつれている。」「弱ったな、鼻水が出ている。」「弱ったな、少し疲れている。」「弱ったな、片足がいうことを聞かない。」(まあ、どれも説得力はありませんが)
ランニングに出かけられないときに後ろめたさを感じても、定期的に私にランニングを継続させている目に見えない力は何でしょうか。意志が弱い私を引っ張っている不思議な力は何でしょうか。
それは、説明責任を持つことです。
私は友人と走っています。その友人は私が乗り気ではないことが分かっていて、私が走る気がないときでさえ、家から出るように励ましてくれます。友人は、決まった時間に玄関のドアの前に現れ、私達は一緒に走ります。一緒に走ってくれる人がおらず誰も見ていないときには、走らなかったり、途中で走るのを止めたりしたことは数え切れません。
そして、副産物として、一緒に走ることとその経験を共有することで、私達はランニングを楽しんでいます。 ...
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