あとがき
もともと私は、ペルシャの学者ルーミーの『Fihi Ma Fihi』†1からの一節、ただ1つの引用だけで本書を始めたいと考えていました。
真理は神の手にある一枚の鏡でした。それが落ちて砕け、欠片になりました。誰もがその欠片を1つ手に取り、それを見て自分こそが真理を得たのだと思ったのです。
13世紀のこの言葉は、私が職業人生のほとんどを通じて経験してきた現実を見事に言い表しています。私はこれまで、多くのアーキテクト、エンジニア、リーダー、経営幹部が、それぞれ自分の小さな鏡の欠片、すなわち自分たち固有のメタデータリポジトリを掲げて「これこそが真実だ」と語るのを見てきました。はっきり言っておきたいのですが、私自身も自分の欠片を握りしめていました。私も「これこそが真実だ」と、その小さなかけらを指し示していたのです。その心の奥には拭いきれない不確かさがありましたが、私はそれを見ないようにしていました。何が起きていたのかを理解できたのは、ずっと後になってからでした。
本書こそがルーミーの神聖な鏡を再びつなぎ合わせる接着剤なのだと主張できたらどんなによかったでしょう。しかし、そうではありません。本書は、失われた神の完全性を取り戻せると約束するものではありません。なぜなら、究極の真実の破片であるルーミーのパズルには、別のことが起きたからです。人々は自分の破片こそが真実だと主張するだけでなく、その破片を実際に使い始めました。壁やテーブルや財布に貼り付け、あらゆる行動の過程で自分自身を映し出す鏡として利用するようになったのです。そして、それらの破片がかつてどのように関連していたのかを説明できる可能性だけが残りました。もはや元の姿を再現することはできません。なぜなら、それぞれの破片はそれぞれ独自のものへと変化してしまったからです。今では、それぞれの破片は独自の意味と独自の目的を持ち、それを取り巻く新しい構造が形成されているのです。 ...
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