
48
水銀ゼロ実現までの道のり
水俣病、水銀0(ゼロ)、水素ガス、電解二酸化マンガン
2-6
公害問題から水銀0(ゼロ)が実現へ
やがて水銀は水俣病という公害病との因果関係が認められ、特に1980
年代に脱水銀が叫ばれるようになります(図2-13)。そこで電池の性能を
落とさず、水銀を使わない乾電池の研究開発が進められ、世界に先駆け国
内では1991 年マンガン乾電池、1992年アルカリ乾電池で水銀0(ゼロ)
が実現したのでした。
実現のために技術者たちによって、水銀に代わり毒性が低く、水素過電
圧が高い(=水素ガス発生反応が起こらない)金属が徹底的に探究されま
した。その結果、インジウムなどを少量含んだ合金の使用、電解質への腐
食抑制剤を添加、水素発生の原因となりやすい不純物が少ない高純度材料
を使用することなどによって水銀0(ゼロ)が達成されたのでした。1995
年には水銀電池(2-8)の国内生産が中止され、現在では酸化銀電池、ア
ルカリボタン電池でも水銀0(ゼロ)が実現されています(図 2-14)。
大変だったアルカリ乾電池の水銀0(ゼロ)
かつてのマンガン乾電池に取って代わったアルカリ乾電池ですが、水銀
0(ゼロ)実現の際には、マンガン乾電池よりもずっと困難な道のりでし
た。その原因の1 つに、正極活物質に用いる二酸化マンガン中に含まれる
不純物がありました。電解質が強アルカリ性なので、二酸化マンガンの不
純物が電解質中にどんどん溶け出してしまい、好ましくない反応を起こし
て水素ガスを発生させ、液漏れの原因となったのです。 ...