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1854年にロンドンでコレラが大流行しましたが、その原因は当初は不明
でした。1854年といえば、フランスの細菌学者ルイ・パスツールらが「伝
染病は微生物による」とする細菌論を打ち立てる前のことです。当時の人々
は病気は「瘴
しょう
気
き
」、すなわち悪い空気によって引き起こされるのだと信じて、
お香を焚いたりタールを燃やしたりしていました。しかしロンドンの病院の
医師であったジョン・スノウの見方は違いました。原因は水にある、と考え
たのです。顕微鏡検査も行いましたが決定的な証拠は得られず、自説を立証
しようとコレラ患者の発生状況を調べることにしました。
スノウはまず、最初に患者の出たソーホー地区で患者の家々を回るという
徹底した調査を行い、「感染地図」を作りました(図13-1)。これを科学的に
分析した結果、因果関係が明らかになりました
─
ブロードストリートのあ
る井戸を使用している人々の間で感染が次々と広がっており、この井戸が感
染源として特定されたのです。結局、スノウがこの井戸の封鎖を公衆衛生局
に提言したおかげで、さらなる拡大を防ぐことができました。
スノウのコレラマップでは「通り」「コレラ患者の出た家」「井戸」といった
情報を層状に重ね合わせて示しています。スノウがこの地図を制作する以前
には判明していなかったエビデンス(この場合は「コレラの原因」)を突き止
めるのに十分な情報です。これはシンプルながら効果的な手法でした
─
こ
のマップのおかげで「もしも市当局が特定の井戸を封鎖すれば、その結果と